神道式の葬式「神葬祭」について~人生最大の神事~
日本人は無宗教であるとよく言われます。しかし、当人達が気付いてないだけで日々の暮らしや人生の節目に神道由来の儀礼儀式を何の疑問も持たずに行っています。
それだけ私達の日々の暮らしの中には神道が深く関わっている証拠とも言えます。さらに言えば、あまりその方面に関心がない人でも儀礼として否応なしに経験する場合もあります。
その代表と言いますと、結婚やお葬式になるかと思います。結婚の場合ですと「神前結婚式」を挙げられる方も多いと思います。
それに対してお葬式はどうでしょうか?古くは奈良時代の頃から、人が亡くなった時の儀式(葬式)については仏教の影響をうけておりました。
余りに長い間、葬式については仏教の影響を受けておりいつしかそれが当たり前のようになっていました。仏教形式の葬式の事を分かり易く「仏式葬儀」とも言われたりします。
それに対し、神道形式による葬式も古くは江戸時代頃から行われ始めましたが、一般的に広く開放されたのは戦後からと言われています。
そのため神道形式の葬式については、名称は聞いたことはあってもその実態はあまり知られておりませんでした。昨今の神社ブームから神道に関心を持つ人が増えてきたと同時に、
興味や関心はあるけどよくわからないという話もよく聞かれるようになりました。
今回は神道形式によって行われる葬式「神葬祭」(しんそうさいと読みます)をできるだけ分かり易く紹介していきたいと思います。
その前に、神道を理解するうえで重要な事が二つあります。一つは、神道は穢れを忌み嫌い清浄を尊ぶという事。もう一つが神道の持っている死生観、です。
一つ目の「穢れを忌み嫌い清浄を尊ぶ」の「穢れ」(けがれと読みます)とはどういう事なのでしょうか?単に「穢れ」と言っても、「血の穢れ」や「死の穢れ」のように
様々な種類の穢れが多く存在すると神道では考えられております。それらを祓ったり取り除いて清浄な魂や体であることを重要視されています。
二つ目の死生観。神道の考えでは、人は亡くなって体は消滅してもその魂は消滅せず幽冥界にいって神となり現世の子孫を見守り続けるという考えです。
先祖崇拝もここからきています。
この二つは神道の葬式には直接関係ないかも知れませんが、神道を理解するうえで極めて重要なことだと思っています。
神道に限らずどの宗教においても「葬式」は儀礼であることから、様々な名称や作法が出てきます。場合によっては初めて聞く言葉であったり、意味が分からない作法もあります。
しかし、先ほど述べた神道固有の二つの考えから見ると意味不明の言葉や作法が自然と理解できたりします。
この二つは神道全般に言えることでもありますので、是非覚えておいてください。
神葬祭執り行う神主、葬儀費用等基本的な事
ではここから具体的な内容となっていきます。
はじめに、神道形式の葬式を「神葬祭」といいます。そのためここからは神葬祭という言葉を多く用います。
亡くなった人の葬式なのになぜ「祭」なのかというと、神道の考えとして亡くなった人は神々の世界へ帰って子孫を見守るからです。
言い換えれば、神葬祭は故人を子孫の家に留めて守護神になってもらうまでの一連の儀式であり「祭」という字が用いられています。
葬儀を進めていくのは勿論、その神社の神主です(厳密には「宮司」です)。神主とは神に仕える神職の長で、中心になって神を祭り、祭儀、社務を行う代表的な役割を担う人のことをさした言葉です。
現在は一般的に神主というとと言うと、神職を行う人の総称として使われる言葉になっています。そして神主には厳格な職階があり、よく聞く宮司(ぐうじ)、禰宜(ねぎ)、
権禰宜(ごんねぎ)は神主の中の階級の呼び名です。
神葬祭に限らず式を執り行う場合、必ず直面するのが費用の問題です。誰もが真っ先に考える最大の関心事とも言えます。一般的に葬式というと仏式の葬式をイメージされます。
それと比較すると神葬祭の場合安くなると考えている人がいます。その理由として、仏式の場合は戒名をつける費用があるからです。当然ながら神道では「戒名」がありません。
その分安くなると考えてしまうのです。確かにその通りとは言えますが、実はあまり費用に大差はありません。ほぼ同程度の費用が必要と思っていたほうが無難です。
神道には神道独自の考えがありその準備等で費用が発生するからです。葬式は地域性が色濃く反映されますので、費用についても地域性によってかなり幅があります。
神葬祭の方法や流れについてですが、現実的なことを言ってしまうと葬儀社が細かな段取りや準備を遺族の方に代わって行います。神葬祭の場合も同様です。
生前に崇敬している神社があればそこに相談、なければ葬儀社に神葬祭希望を伝えて相談すれば大丈夫です。
大切なことを一つ。神葬祭は神社では行いません。その方の自宅又は葬祭会館などで執り行います。理由は、死は穢れという考えから神域で清浄な空間である神社内ではよろしくないからです。
神葬祭に出席する場合の挨拶、服装、マナー等
そもそも神道は宗教なのか?と議論になることがあります。現在の宗教の定義から言えば神道は大きく外れています。開祖がいない、教義というか統一した教えが存在しない等々。
しかし実質的には宗教である事は疑いようもない事実ですので、その前提で進めます。
葬式に出席する場合、人はその場にふさわしい服装でマナーを心掛け挨拶をします。儀礼や儀式という意味があるためそこに自分の個性を出す必要はないからです。
形式に沿ってふるまうことが良いとされています。が、ほぼその全てが仏式葬儀を前提としています。マナーやしきたりについて書かれた本を見ても仏式葬儀に出席されることを前提に
描かれています。
しかし、当たり前のことですが仏教と神道は違う宗教である為、似ている部分よりも違う部分が多く存在します。マナーエチケットとして当たり前の事が仏式葬儀に由来するから
神道的にはNGなんてことはいくらでもあります。
具体的には、仏教用語を使用しないという事です。「成仏」「冥福」「お悔やみ申し上げます」等は仏教用語です。神道的にはNGですので注意が必要です。
他には数珠。これは仏教で使用する仏法具です。神葬祭に出席する持って行かないよう注意してください。
逆に似ている部分としては服装です。神葬祭に出席する場合の服装は仏式葬式に出席する場合と同様と考えておいて問題ありません。
お供え物。玉串、玉串料、玉串奉奠、花等知っておくと便利なこと
誰もが一度位は聞いたことがある玉串と祭壇。
これは神道独自の言葉で非常に重要な意味を持っています。この玉串が付く言葉として「玉串料」「玉串奉奠」(たまくしほうてんと呼びます)があります。
玉串という言葉が含まれていますが、それぞれ意味が違います。玉串は神道自体を理解するうえでも大切な言葉でもありますから覚えていた損はありません。
「玉串」とは、榊の木に「四手」「紙垂」(しで)という紙を麻で結んで下げたものです。神道で玉串は、神様と人間を結び付ける橋渡しをするものとされ、神様にこれをささげてお祈りします。
「玉串料」とは字の通り、玉串の料金です。何故お金なのかといいますと、神道の儀式で使う玉串はそもそも自分で用意するのが当たり前でした。
が、時代が進むにつれ一般家庭で榊の枝を使って玉串を用意するのが難しくなったため、神社側がそれを用意するようになりました。
そのため、玉串料というのは「本来自分が用意する必要があるのを、わざわざ神社側が用意してくれた。」その分のお金と謝礼を合わせた金額を払います、という意味なのです。
そこから玉串料という文化が一般化したのです。ちなみに、玉串料の金額相場は、一般的な香典の金額相場と違いはありません。
最後に「玉串奉奠」。これは字の中に「奉げる」があることからわかる通り、玉串を神様に捧げる一連の動作、所作のことを言います。イメージ的には仏式でいうところの焼香と思えば理解できるかと思います。
玉串奉奠は儀礼ゆえに、様式美や形式美が重要とされます。そのため現在は行為又は動作一つに至るまで明確な手順や決まりが定められています。昔と違い自分の欲しい情報が容易に手に入る現代、
これらについても例外ではありません。お供え物や香典袋。玉串奉奠のやり方など詳しい解説は探せばいくらでも見つかります。日頃から知識として頭に入れていざという時に慌てないようにしましょう。
最後に、「花」。仏教に限らずキリスト教でも亡くなった人に花を添えます。神道も同じです。「供花」と言ったりもします。ただ何でもいいわけではなく、ふさわしい花があります。
もっとも代表的で年齢性別関係なく備える花は「白い菊」。菊の花の匂いはお香の匂いと似ているから、菊の花は食べた人を長寿にすると言われているからなどといった理由があります。
その他、皇室の紋章が菊であり、花言葉が「格調が高い」という意味があることから用いられるなどといったことも言われています。また白色が選ばれている理由は、白色は穢れがない色とされているからです。
逆にNGというかよくないとされているのが、蓮の花。蓮は仏教を代表する花の為神道では備えません。
最後に
これまで簡単に神葬祭について述べてきましたが、仏式と違い馴染みのないことからイメージしにくい面もあったかと思います。
神道には神道独自の考えがありそれにそって葬式後も進められていきます。その根底には先祖崇拝等神道独自の考えがあります。
すこしでも神道について興味を持っていただけたら幸いです。